圏央道開通式典 [公共施設]

3月29日(日)

圏央道ー久喜白岡JCT~境古河IC…開通

本日午後3時から圏央道の久喜白岡JCT~境古河IC(延長19.6km)が開通しました。

 それに先駆け、午前10時~11時まで幸手アスカルにて「圏央道開通式典」、そこから場所を五霞ICに移し、「開通セレモニー」(テープカット、くすだま割)、開通なった圏央道を古河境まで走り、Uターンして五霞ICまで戻る、というスケジュール。

 こういう式典は、なにしろVIPが多い。来賓は、埼玉、茨城両県から出ている国会議員、国交省関係者、両県知事、県の関係者、圏央道が通る沿線自治体の議長、議会関係(900m間圏央道がかする宮代町でも)、警察関係など。

一方、迎える側の出席者は、通過市町の首長、県土整備部長、関東地方整備局・長ほかの関係者。

これに、土地が用地にかかった地権者も招待される。900mかする宮代町でも40人を超える地権者がいらっしゃり、そのうち20人くらいの方が出席された。ちなみに今日の古河境までの19.6kmで、(聞き間違いでなければ)1400人の地権者がいるそうな・・。

「アスカル幸手」の式典は、来賓の祝辞だけだったが1時間ちょっとかかった。ここまでは順調でしたが、この後が大変。一般道を通り、五霞インターチェンジまで行くのに、車列がつながり、なかなか出発できない。

 両県知事、代議士の車などのVIP車46台、その他議員たちの車など180台,合計約220台を超す乗用車が連なる。そのあとに自治体が用意した約20台のバスが続くはずなのですが、20分してもアスカルを出発できない。やっと出発できてもノロノロ運転。

圏央道.jpg

↑ はるか遠くにセレモニー会場を眺めて

何kmもない五霞インターのはるか手前でバスは止まる。「VIPの車は五霞の会場に到着して、セレモニーは始まっていると思われます。このバスは、現場まで行かないでここで停止します。左手はるか前方に会場が見えます」と担当職員より説明がありました。みんなは「やれ、やれ」と言いながら、それでもバスを降りて、もらった「祝 圏央道開通」の旗を振る。

やがて、セレモニーが終わり、VIPたちがお帰りになったところで、やっとバスが動き出し、そのまま圏央道を古河に向かって走る。境古河インターには、旗を持った住民の方が集まり、車列に旗を振ってくださる。こちらもバスの中から旗を振り、ちょっと気分を盛り上げる。

圏央道2.jpg

開通式典の作業は1時で終わり、そのあと、3時の一般オープンまでにもう一度点検作業をするという。

 ほとんどをノロノロ運転のバスの中で過ごした宮代組の参加者たちでしたが、圏央道を降りてそのまままた集合した「ぐるる」の駐車場に戻り、解散したのが午後1時20分くらい。いやー、ご苦労様。[あせあせ(飛び散る汗)]

今回の開通により、埼玉県と茨城県がつながったことになる。圏央道総延長約300kmのうち、約220kmが開通したという。さらに27年度中に開通するところがあり、8割がた開通してくることになりそう。


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貧困児童に支援基金 [国策]

3月29日(日)

昨日の日中温度は20度を超えた。暖かさに誘われ出かけた久喜市工業団地の桜はまだ一分咲き。これから1週間は楽しめそう。

貧困の家庭を支援

政府は、28日、官民一体となった貧困家庭支援の基金を設立する考えを示しました。国が責任をもって、というよりは民間の力も借りましょう、に心細さを感じはしますが・・。

母子家庭

政府が貧困の中、必死で働いている家庭をわずかながらも支援しようという方向性を見せたのは、川崎市の中1惨殺事件のこともあるのでしょう。生活するだけでせいいっぱい、子どもの日常に目が行き届かないくらい大変だったことは、想像するに苦しくて仕方ない。

平均的な収入は、一般家庭の半分以下、きびしい生活。国は1950年代には「母子家庭は貧しい」「福祉政策が必要」と指摘していたのにもかかわらず、根本的な手を打たないできました。

 安倍政権は、成長戦略にも「女性の活躍」を掲げている。労働力としてもその能力を認めているのです。「女性が輝く社会」を掲げ、女性の社会進出を後押ししていこうとするのに内実は一向に改善しない。

 一般家庭と同じような収入を得ようと思えば、母子家庭の女性は20時間くらい働かなくてはならない、という事例は多い。母親のぎりぎりは、子どもの精神的な安定にも当然影響する。

 最新の統計では、全国の母子家庭は推計で123万8千世帯(2011年11月時点)、離婚の件数が増えたことで母子家庭も増えている。生活のために、子どものために、「離婚したくてもできない」という不幸を考えると、離婚の選択肢があることは人道的に正しいと思う。

 しかし、母子家庭の平均年収は、1978年の資料で、156万円(子供がいる一般家庭で336万円)で半分以下、1993年の統計では母子家庭215万円(同・648万円で)3分の1、最新で、母子家庭291万円(同・658万円)で、4割と、ずっと貧困の生活は続いています。

貧困の連鎖

母子家庭の貧困問題は、そこで育つ子供にダイレクトにつながる。女性は、子育てと仕事を両立させなければならず、正社員になりにくい。いくら働いても貧困から抜けられない。子どものほうでも、財政的な苦しさに加えて、生活面でも保護者不在の状態が続き、学習する環境は著しく低い。

その結果、子どものほうでも安定した職業に就くことができないことも多く、貧困の連鎖を生んでしまいます。


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