「ホタルの夕べ」その② [農のあるまちづくり]

5月19日(日)

かつて生息したホタル

宮代町の自然水路には、かつてホタルが生息した。ホタルも、きれいな水にしか住まない魚「タナゴ」もいた。

しかし、いなくなって久しい。ホタルは、有志、NPO団体が主となって孵化させ、育てています。ホタルやタナゴは、水環境のバロメーターであります。

昨日、お話を伺った「ホタルの里親」さんは、H4年ごろ、つまり町の基本構想である「農のあるまちづくり」を政策として生み出したころの資料を取り出してきて、熱心にお話してくださった。

笠原沼落(おとし)のあらまし

宮代町中央部を西北から東南に流下する「笠原沼落」は、享保年代に行われた新田開発により開削されたものに由来し、当地域の基幹的農業排水路となってきた。S48年~52年に下流部をコンクリートブロック積み護岸工事施行、S52~53年、東武鉄道(株)による開発行為に伴い、水路改修が行われた。自然水路が急速に失われていった頃です。

その後、バブル景気の終焉のころ、タナゴが生息できる水路にするにはどうしたらいいか、という問題が浮上する。≪人々が自然回帰する≫意識に目覚めだしました。宮代町の着眼は早かった。

H4年、水路の構造計画検討会ができたといいます。

ただの排水路ではタナゴは生息できない。本事業の水田農業確立排水対策特別事業は国、県にて採択されたが、本事業に逆行する研究が始まったのだそうです。

まず、タナゴの生息条件を知るため、埼玉県加須水産研究所を訪ね、水産研究所にも検討会のメンバーになってもらうことにした。研究所の専門員によると、タナゴは二枚貝に卵を産むが、この二枚貝は一年中湛水状態でなければ生存できないということだった。

そこで、渡水路の構造計画を検討することになった。

こういったまるごとの農資源を活用する構想が、多分のちの若手職員たちの政策研究チームによる「農のあるまちづくり構想」へとつながるのであろうと思われる。

あの美しいタナゴの生息のためには二枚貝がいる水環境が必要である。それとおなじ構想の中にホタルがいる風景もある。ホタルが育つためには、えさになるタニシがふんだんにいなければならない。

「里親」さんはいう。農業用排水路としての、このような環境整備を取り入れた排水路は、日本中探してもあまり聞かない貴重な水路である。

環境整備施設は利用してもらって初めて価値が生まれるものと思う。釣りをしておられる方は、現在もタナゴが生息しているという。せっかく作った自然工法の水路、もっと維持管理に力を入れてほしい。里親さんはしみじみ語る。

補助事業の足跡

本当に同感です。補助事業には、国や県などの費用(この方は貴重な税金と言っている)が入っている。完成するまでが事業ではない。完成後、どう生かすか、どう管理するか課題です。莫大な費用を投じた補助事業、モデル事業で、当初の目的を維持、発展させているところは多くない、のではないかと懸念するのですが・・。

こういった構想の出発点から20年経過しています。ホタルは養殖に頼っていますが、自然に育つ環境を取り戻せたら・・・「ホタルの夕べ」観賞会に寄せて想います。


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