ハス [歳時記]
7月18日(月、海の日)
身代神社裏のハス
身代神社裏の親水公園の池は、葦がはびこりすぎ、ハスを圧倒している。このままだと、いずれ葦にやられちゃうよ、と散歩の人たちは気が気でないご様子。
気になっていたので、見に行った。大丈夫そうだ。この池には、絶滅危惧種の昆虫などもいるという。あまり手を入れないほうが、虫や草たちにはいい。微妙なバランスながら、時々注意しながら 通ってみる。
蕗と筍 [歳時記]
4月27日(水)
取れたての蕗
会報は、いつものように配れていない。4月8日から始まった配布は、いつものペースならもう4分の3くらいは配布を終えているところだ。しかし、今回はまだまだ。連休、それも5月になだれ込んでの配布となりましょう。それでも、2か月ぶりの会報配布に、「がんばっているね」と、お声をかけてくださる人がいつもより多い。
ここにきて、農村地域の方に足をのばしている。一昨日は西粂原。久しぶりに会ったYさんのばあちゃんは元気だった。「蕗、もっていくかい? 切ってやるよ」というので、「わーい! 大好きです、ふき」と言って遠慮なしにもらう。
すじを取って茹でて、茹で汁を捨てて薄味で煮る。ちょうど我が家にやってきていた長女と次女に提供したら、これが大好評。2人とも、まがりなりとも主婦の端くれとなったので、昔は目もくれなかった素朴な惣菜に、興味ありありらしい。「味わい深いね」「うん、料亭の味だ」なんて言っている。私の腕前は、たいしたことないんですけど・・・。
今日はたけのこ
そして、今日は山﨑方面に会報を配りに出かけた。あちこちの竹林の筍はだいぶ伸びて子どもの背丈を超すほどになっている。(今年は筍、食べなかったな。季節に目が行く余裕がなかった)なんて思って自転車を走らせていると,ナント、、「加納さん、竹の子、もっていくかい」という人あり!!
ラッキー! 去年もいただいたYさんが、もう3本も抜いて、手招きしている。またまた「わーい、うれしい。いただきますとも」と、今日もうれしさむき出しの私なのであります。
旬をいただけるうれしさって格別です。たった今まで生えていたものを、抜いたり、鎌で掻き切ってくださるんだもの、これ以上新鮮なことないじゃーないですか。
Yさん、「スーパーに並ぶまでに、2日はかかるからねー」に、「そう、そう」と同感。旬をいただける、すなわち、生きているって感じですねー。
さくら市 [歳時記]
4月2日(土)
さくら市
天気はいまいち。ですが、今年も笠原落とし沿いのさくら市には、たくさんの人が集まりました。前原中学校女子の琴の演奏や、宮代太鼓、桜の下の出店にはおいしいものがいっぱい。
笠原小前の桜は,まだ4,5日は楽しめそうです。
さくら 1%咲き [歳時記]
3月26日(日)
まだ先の花見
家の周りの桜は、ピンクの気配も見せない。開花宣言は出たものの、この寒さじゃ咲くに咲けないというところでしょうか。それでも、日当たりのいい南面では、気合を入れて咲いてくれる桜もあるかも・・と久喜工業団地に出かけました。
ここは、ほとんど毎年訪れます。久喜菖蒲工業団地は、工場の周りや、道路沿いにたくさんの桜。これだけあれば、桜も時間差で咲いてくれる・・。いつもはそうでした。しかし、今年は、どの桜も見事にだんまりを決め込んでいる。
よーく探してみると、1輪、また1輪と白い花びらがひらいているのがわかる。でも、これでは1分咲きならぬ1%咲き。
2016-01-02 [歳時記]
1月2日(土)
ダイヤモンド富士
宮代台の臨時駐車場
年末年始の風景。宮代台では、また今年も帰省した子ども世代のために臨時の駐車場が。昔の住宅団地は駐車スペースが1台分、多くても2台分。そんな環境にはすぐ手を打つのがここの団地。路上駐車の禁を犯さぬよう、運動場に十分な駐車場が用意されました。ただし、3が日まで。
街宣カーなしだったのに
今年は元日も2日も、政党などの街宣カーが出てない! あったかくて穏やかな新年。ホッとしていましたが、2日の午後、やっぱりいました。街宣カー。効果があると思っているのでしょうか。(逆効果ってこともあるのに)
謹賀新年 [歳時記]
2016年1月1日(金)
謹みまして・・
つつしみまして新年のお慶びを申し上げます。あらためるところは改めて、新たな気持ちでやっていければ、と気持ちを引き締めました。
昨年にも増して、どうかよろしくお願い申し上げます。
昨年暮れ、無理して買った「ビートルズ復刻版DVD+CD」を聴き、年をまたぎ、何はなくともテレビと音楽さえあれば、と平らかで静かな新年です。
一方で、≪ロッキー≫のテーマが鳴っています。
みな様も、ロッキーのテーマのごとく寒風に逆らってウォーミングアップを!
国納祭り [歳時記]
11月28日(日)
国納のふれあい広場
朝9時から始まった「国納ふれあい広場」に初めて行ってみました。今年で3回目だといいますが、知らなかった。
高齢化した地域は、町民運動会のプログラムにも参加できないものが多くなってきた。このままではどんどんさびしくなっちゃう。そんな悩みのところはけっこうあるはず。
そこで考えたのが、地域でもできる「歳末のふれあいイベント」。
みんなが、とにかく家から出てきてわいわいやろうよ。飲んだり食べたり遊んだり・・・。主催はどこかと言えば、なんと「国納自治防災組織」。
どこの自治会、区長会でも何とか町の補助金頼みで自主防災組織ができている。活動できる組織と言ったらこれしかない。いいじゃない! 防災組織が年末イベントの受け皿やったって。
3回目の今日も、集まった! およそ50人はいましたよ、イヤっ、もっとかな。細い町道では新鮮野菜やバザーの食器が並ぶ。その横には男衆が腕まくりをしてお餅つき。出来立てのお餅は「辛み餅」と「あん餅」に。
12月になると、須賀島地域で恒例の年末餅つき。これも年末の歳時記になった。これも、いくぞ。あん餅を買うぞ!
高齢化が進み、遠くのイベントに参加するのもしんどくなった地域は、自前の「歳末イベント」を「夏のお祭り」の代わりに考えだした。
知り合いがいた。「加納さん、来てくれたんですか」「好いでしょ、うちの広場」「違うよ、マルシェでしょ」なんて、みんな和気あいあい、自慢げに声をかけてくださる。将棋3段のKさん、今日は長椅子の前に陣取り、みんなのお相手をしている。
集会所の前では、包丁研ぎ。本当はこれが目当てだった。小中学校時代の同級生S君がボランティアで研ぐというので、(安物だけど)包丁持参で出かけた。
小さな集落だけど、みんなの力で
国納は全部合わせても200軒あるか無いかの集落。みんなが得意なことを受け持って、青空の下、立派なマルシェが出来上がっていた。
もう運動会のリレーチームはできなくても、自域でなら、こんな楽しいふれあい広場ができるんだ。
地域は地域で、何とかにぎわいをつくろうと努力しているんだなー。切れ味のよくなった包丁を眺め、なんかしみじみいい気持ちに浸れた。
年賀状・家族写真など [歳時記]
11月26日(木)
今日から12月議会
今日から12月定例議会です。初日の今日は議案上程説明。一般質問は11月30日、12月1日、12月2日の3日間。休会があって最終日12月9日に上程された議案の質疑、討論、採決。今回は、日数的にはかなりシンプル。だけど、指定管理者の指定5件など、議会としては重要な案件です。ぜひ、傍聴においでください。
年賀状の季節
マイナンバーが届いた、いや、まだだ、などの話題が道端で聞かれます。私の家にもピンク色の不在配達の紙が入っていました。が、個人的にいろいろ忙しく、再配の連絡していません。
この「番号通知」の配達が12月にずれ込むところもある中、年賀状の季節にも突入。今日の東京新聞では「年賀状温故知新」なる記事が面白い。
家族写真は親しい人だけに
家族写真は、今や若い世代に蔓延している(言い過ぎかな)。ほとんどだれでもパソコン技術があれば、プロ顔負けの年賀状もできる時代です。
キジは質問形式で家族写真はどうか、と聞いている。
質問 家族写真を載せた年賀状は失礼か。 答え 親しくない相手には、幸せの押し売り、失礼な(軽さ)と思われかねないので出さない方がよろしい。親しい相手には喜ばれる。人には昔から、洋の東西を問わず、写真で家族の近況や幸福を伝えたい思いがある。
そうでしょうね。他意なく、ただただ今しあわせです、と幸福感満載の年賀をつくるわけですから、もらう方も単純に(幸せのおすそ分け)をいただけばよいのです。でも、身内や親しい人と、お世話になっている人,上司などとは分けて作成してもいいと思います。私なども親族、親戚の写真入りは、毎年取っておいて、1年前のと比べ成長を喜んだりしますが、親しくもない人から届くのは、それほどの興味もないです。
おともだち感覚の軽いのもあまりうれしくありません。(一応、大人なんでしょ?)って言いたくなります。
手書きのお年賀は、どんなにヘタ(すいません)な字でも、心を感じますね。
賀詞の選び方
東京新聞には賀詞の選び方にも触れています。賀詞のほかにも近況を一言添えると親しみや丁寧さが伝わり効果的だとも。
目上や上位者には「賀正」「賀春」「頌春(しょうしゅん)」は避け、「謹賀新年」「恭賀新年」を用いる。
質問 喪中欠礼状はいつまでに出せばよいか 答え 相手が年賀状を書く前に、11月中に届けたい。もらったら1月15日以降、寒中お見舞いとして、お悔やみの言葉を添えて出す。
なるほど、直筆で、しかも美しい言葉で始まるお年賀をいただくと身が引き締まる思いです。少しだけでも真似したい気持ちです。
私は、だいぶ前から(年末に書く)年賀状を出さないことにしました。元旦からいただいた年賀状にお返事を書くような作業はします。
相手が先輩だったり上位者だったりすると、いただいてから書くのは大変失礼なのは承知ですが、年末のドタバタ期間にやっつけ仕事のように書くのは気分が乗らない、ということでお許しください。
もっとずっと前は書きました。書きまくりました。夫の分もです。
「謹賀新年」や「恭賀新年」を先にダーッと、どんどん書いて、あとから「微力ながら一生懸命頑張る所存です。ご指導お願い申し上げます」なんて夫の分も。(そう考えているかどうかもわからないですが)、ひとの分も(それも、みんな同じフレーズを)書いている「やっつけ仕事」でした。
考えてみたら、年末のやっつけ仕事だったころも、家族写真やお友達も上司も区別なく軽い言葉で飾る年賀状の(今)も、そんなに変わらないような・・・。
今年も大晦日まで、そんな気になりそうもない。元旦になって、やっと新年モード。ニューイヤー駅伝を見ながら、心あらため書く年賀状のために、少しだけ≪年賀はがき≫を買っておきますか。
小中一貫教育 & 秋色深まる「あたらしい村」 [歳時記]
11月17日(火)
小中一貫教育&英語強化拠点事業
所属する「地方政治改革ネット」の仲間が、わが町の「小中一貫教育」「英語教育強化地域拠点事業」を研修したいというので、関心のあるメンバーが7人やってきた。
みやしろ教育の特徴である〈つなぐ教育〉を体系的に構築し、実施しているのが小中一貫であり,英語教育の拠点事業だといってもいい。
小中一貫教育をやりますよ、と言っても、各自治体が取り組んでいるのは、小学校、中学校の連携までが多い。カリキュラム、プログラムに落とし込んで具体的メニューをこなしていくのは、容易なことではない。
宮代町は、準備の期間を入れると、かれこれ14,5年の歴史があり、見える効果、見えないところの効果を入れると相当な成果を生んでいる。これは、実際に取り組み始めたところ、取り組もうとしているところが研修すると、細かい点で、違いが見えてくる。実際、小中の間にある垣根を取っ払うのは、掲げる目標のようにすっきりと見えるわけではないから。
「地方政治改革ネット」の仲間の中には約10年前に一度、スタートしたばかりの須賀小、中学校の小中一貫教育を視察しているメンバーがいる。その時のことを覚えていて、「あの時は中学生が、お隣の小学校に来て小学校低学年の児童に本の読み聴かせをやっていたね」と言っていた。
そう、私もあの時ご一緒したけど、あの「お姉さん、お兄さんたちの読み聞かせ」は、もちろん続いていたし、そのほかにも小学校、中学校の交流は様々な形を生み出していた。
小学校を卒業したら、「はい、君は今日から中学生だよ」と、突然ハードルを高くして、とび越えなさい、というのでは戸惑ってしまう。普段から身近に感じる中学生たちの効果は、思ったよりありそうだ。
つまずいたところか出戻って
それに、先生たちの交流の中では、「つまずいたところまで戻って」というのがポイントになりそうだ。授業について行けないくなった生徒の、過去のどの辺でつまずいていたか、しっかり理解できないまま進んでしまったかを見つけ、小学校の教師に「ここ、十分に」などを、伝えることができるというのは大きい。
研修を終えた仲間に「宮代、いいじゃない」なんて褒められてしまって、「そう? 気が付かないもんですね、普段は」なんて、まんざらでもない。
たしかに、宮代町にいてはわからないが、宮代町の中学生は落ち着いている。こういった環境の中で過ごしたことが、後々の(心の財産)となればいいのだけど。
秋色深まる新しい村
久喜の議員の、「ここまで来たら新しい村を見るといいよ。自然が残っていていいよ。」とのお勧めで、笠原小学校、新しい村、図書館という20分コースをそぞろ歩く。
あたらしい村、トラスト雑木林の辺りは、ちょうど紅葉の真っ盛り。月曜日で直売所「結」はお休みだったけど、それもタイミングOK。とにかく静かだった。女性たちは「すてき~」「いいねー、こうゆう風景」
今年の竹アートは、いつものダイナミックさはないものの、あちこちに竹の素朴さを表現してありました。
あるメンバーが言う「加納チャン、この頃、宮代のことちっとも言わなくなったけど、いいじゃない、宮代。こういうの残っているところめったにないよ」