メル友のオリジナルカレンダー [日常]

6月のカレンダー

先日、ご紹介した愛すべきメル友が作成したカレンダーをご紹介します。梅雨空も、これまた楽し!と思わせるさわやかカレンダーです。

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〝学びの多様化”法案 [国会]

6月3日(水)

「多様な教育機会確保法案」

 国会会期中には、新聞紙上を毎日にぎわすような法案だけでなく、たくさんの法案、改正案が提出され、国民がニュースにのる法案に目や耳を奪われている間に、決まっている、ということを以前お伝えしたことがあります。

小泉政権の時は、内閣入りした女性の鮮やかな青のドレス姿が新聞や雑誌を賑わしていた、その裏で「障害者自立支援法」が決まっていた。これはかなり不備が多い方案でありましたが、メディアはポイントも課題もまったく取り上げなかった。

こういうことは、ままあることで、その後改正案などが出て改善される(されればいいのだけど)。

今国会でも、安保法制が毎日新聞、テレビを賑わしている。これは賑わしてもらって問題点を挙げてもらうに越したことはない。だけど、そのほかのおびただしい数の法案の一つ一つに気を配る人は少ない。仕方ない、国民に示される機会がないから。

その中で、大きく関心を持った法案があります。「多様な教育機会確保法」(案)です。これは、例えばフリースクールなどに通う子どもたち、家庭学習の子どもたちも、「学びの機会」ととらえ、「個別学習計画」を提出するなどすれば受験資格などを得られるし、経済的支援もしていこうというもの。

国会議員の超党派の「議連」が提案しているもので、期待を寄せる関係者も多い。

「学校へ行けない、引きこもっているということは、ある意味学校に行くことに疲労困憊している。でも、(行かない)という自己主張をした。行かないということに意味がある。フリースクールでもいい」と言った時に、「何を言ってるんですか。学校に来させる努力をすることに、学校関係者の義務がある」と気色ばんだ先生がいた10年くらい前のことを考えた。世の中の理解、何より頭が固いと思った政治家の中に変化が見えてきた、と喜ばしい。(でも、まだまだ、成育過程での機微を考えるより、物による環境改善、数字などでの教育を語る政治家が多いのは、救いがたいが・・・)

意欲が芽生えれば

学校になじめない、環境がつらい、と不登校になる子は、もともと感受性の強い子が多い。

不登校になって、例えばフリースクールに通っても、好きなことをやって時間を過ごすスケジュールが多い、学科学習は週に何時間もない。質の低下や時間の少なさなど学びの遅れを心配する声は、親御さんの周囲で多くなる。

でも、子どもは、学校という(社会)の軋轢でへとへとになっているのだ。エネルギーさえ出てくれば、取り戻せる。長い人生だもの、待っていればいい。こじらせて、その子の人生を台無しにしてはいけない。大検資格で大学受験した子もいる。

問題は、経済だ。公立校は無料だけど、民間、NPOなどは有料です。2~3万円、7~8万円、月謝がかかる。何をするにも「学割」なんてない。ここが大変なのだ。家庭は、この費用をねん出している。

ここに、この「教育機会確保」法で、支援の手が伸びればいい。ナイーブで傷つきやすい子どもたちが、いろいろな機会、手法で教育を受けることを続けられることは本当にいい。

一方で、フリースクールは、利益を生む商売ではない。フリースクールのスタッフは、年収200万円前後の人たちが圧倒的に多い。だけど、スタッフの多くは自分が(不登校の体験者)だったり、それを見守った家族であったりする。それがいい。それが、むやみな(急がせ)をしないのだ。

課題もある

 もちろん、課題もある。共栄大学の藤田先生(教育社会学)「少子化が進む中で、民間の塾産業が、学校教育への参入を狙っている。もともと学習指導要領の枠を外れているフリースクールに不登校とは別の意味で塾産業が入り込んでくる恐れがあり、非常に危険」と。利益を生み出さなければならない産業は、次なる対象を見つけなければならないのは、仕方ないこと。まさか、「今日から慈善事業をします」という事業者はいない。

そうなのです。ここでも「教育は商品」発想が、人々が気が付かないうちにしのびよってくる。

 まことしやかに、「教育環境の改善」「教育のレベルアップ」「子供のために」というが、気をつけなくてはいけない。

結局、学びは、「ひと」と「ひと」の向かい合いの中で育っていく。立ち会うのは「者」であって、「物」では解決できない。


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