成田冨里いずみ清掃工場 [ごみ行政]

7月22日(火)

成田冨里いずみ清掃工場(焼却場)

先週、16日、17日は、久喜宮代衛生組合議会の視察研修で、千葉県の関連施設を視察しました。

2日目の17日は、成田市、富里市の可燃ごみを燃やしている成田富里いずみ清掃工場を視察研修。成田市13万人、富里市5万人家庭から出るごみを焼却処理・熱利用しているところです。

ここでは、長年積み残していた焼却炉が完成し、2012年10月から稼働しています。説明をお聞きして、歴史的な推移、背景、住民の思いなどが、久喜・宮代衛生組合と(似ているなー)と、随所で感じたところです。

資源を取り出せるガス化溶融炉

稼働を始めた炉は、処理能力=日量106トン×2炉=212トンのシャフト式ガス化溶融炉。成田市人口13万人、富里市人口5万人家庭から出るごみを処理しています。

2基で約99億円。トン当たり5000万円というのが、焼却炉の相場ですから、2基で約100億円は妥当か。

炉の特徴は、ごみを高温で溶融することにより、スラグを生成し、これは路盤材などに再利用でき、メタルも0.1%程度取り出せ、溶融するときに発生する高温余熱を利用した発電ができる、にあります。電力は、施設に必要な電力を賄うほか、余った電力は売電しています。月570万円、年間6885万円の売却益を得ているということです。

現状は、電力益は予定の利益として計上できているものの、高温処理したスラグは、(焼却量の6%の日量10トン出ますが)売却にいたっていないとのことで、これがストック状態なのが(加納の質問で)わかりました。

原因は、スラグの(かすかなトゲ)が商品としての価値を下げていて満足するものになっていない。今は、そのまま最終処分場に持って行っているとのこと、でした。

(新)焼却炉ができるまで

事前に「研修質問事項」を送っていましたので、当日資料の中に、QAで答えが用意してありました。今一番悩ましい問題である≪焼却炉の建設地の選定≫について、印象的なことを書き出します。

建設地決まるまでの空白の10年間!!

Q建設地選定までの経過について

A 平成元年9月議会で、現在とは別の場所(豊住地区 広大な成田市のニュータウン地区)にて新清掃工場を建設することを説明したが、7年後のH8年12月議会で、新清掃工場建設を撤回することになった。そこから3代の首長の交代を経てH16年度から再び動き出した新清掃組合建設地は、同じ(現在地)。周辺の住民に対しH16年から約40回の説明会を開いて検討し、同意を得てきた

Q処理方式の決定まで

A H17年8月に学識経験者・市議会議員・市民などによる「新清掃工場機種選定委員会」を設置し、機種選定手続きを開始する。当該委員会において、H17年8月からH18年6月まで11回の検討を重ね、ガス化溶融炉シャフト式の採用を決定した。提言した主な理由  ①機種選定委員会の総合評価が最も高かった  ②前処理のない一貫性のシンプルな機種であり、ごみ室への変化等の対応力に優れていること ③均一的なスラグの生産などの再資源化率が高く、維持管理費用の低減や最終処分場への負担軽減等が図れる

以上が建設地、機種、焼却炉の規模が決まった経緯です。

抱える問題が酷似

しかし、久喜宮代衛生組合の抱えている問題、これまでの歴史と、かなり似ています。成田冨里清掃工場の焼却炉が昭和53年竣工の古い炉だったこと。周辺住民から「もう現在地には受け入れられない」と拒否されたこと、などはそっくりです。

久喜宮代衛生組合のの1号炉が昭和50年、2号炉が昭和55年竣工という県内一の老朽化焼却炉であること、周辺住民から1度ならず、現在も(周辺別地域で)拒絶されていること、など苦節の歴史は同じです。

しかし、成田・冨里両市が、苦節20年の中、現在地で建設を容認してもらえたこと、2012年建設なった新焼却工場で稼働していることは、大きく違い、あらたな道が開けたことを意味します。

そういう意味で、今年度の視察研修先に選んだことは意味深いものを感じました。

この研修の成果が、何等かに形で出、停滞してしまった久喜宮代衛生組合(久喜宮代清掃工場周辺)の、こう着状態からの脱出、少しずつでも相互に理解できる状態へとつながれば、と思います。

焼却炉の寿命が20年と言われ、平成に入ってから焼却炉の更新が全国的に行われたわけですが、少なくとも、成田組合や、久喜宮代一部事務組合が、その倍以上の耐久性を保ち、住民との話し合いを続けているということは、焼却炉の改修技術が格段に進んだことを意味します。

しかし、それも限界に近づいている気がします。議会は何をすべきか。行政は何をすべきか。どこを乗り越えなければならないか、もう一度原点に返らなければ・・・。

箸休め[わーい(嬉しい顔)]

箸休めのような話です。H6、7年ごろ、「アースディーin久喜宮代」という市民団体で運動していた我々は、次世代の焼却炉のこともかなり論議した。その中でもちろん、最終処分量を少なくすることは喫緊の課題。スラグ化→再利用は時代の流れだった。

知る人ぞ知る、スラグは高温処理することによりガラス状の粒々になる。暗い紺色に光ってきれいだ。そのころ、有害なものも含めて高温処理(熱で閉じ込め)してあるので、路盤材が適切と言われたが安全性は未知数。そこで私、冗談とも本気とも判別できない意見。「これ、固めたら黒曜石みたいですよ。墓石にできるよ。墓石高いからねー、昨今は」

今でも半分本気で思っている。固めて墓石構想を。自分たちで出したごみの終着駅ならいいではないか。私はOK。[手(チョキ)] 自然石の10分の1でビジネスできない?

言っておきますが、「成田富里」のスラグが出口で構想を外れ、現在最終処分場行きになっていることは残念だが、燃えカスをダイレクトでもっていくのと段違い。少なくとも無害化処理の点ではかなり上等なんです。


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