「混合型血管奇形」患者と家族の手記 [難病指定を求める]
11月11日(金)
泣いてばかりいられない
「泣いてばかりいられない」は、このほど出版された「混合型血管奇形の難病指定を求める会」の本のタイトルです。
帯には<難病を抱える人たちが病気とともに成長していく---胸打つ19人の手記>と。
「私たち、本出したんです!」
数日前、今は沖縄に住んでいるO本さんからケータイに電話が入りました。「もし、もーし!」と元気な声。約1年ぶりのO本さんの声、S君のお母さんです。
3年前、私は宮代町に住むO本さんと友人のA木さんから連絡をいただきました。O本さんの息子のS君は当時小学1年生。生まれながらの難病を抱えていました。血管の異常で特殊な靴をはかなければ歩けません。
お母さんと事務局をやっている友人は、S君の生まれながらの病気を国に訴え、難病に指定してほしい、そのために何をしたらいいか、と言うことでした。
私は、所属している「地方政治改革ネット」やその他のかかわりのある地方議員に働きかけ、3年前の12月議会に意見書を出しました。「難病指定を求める意見書」です。久喜市、越谷市、三郷市、川口市、蓮田市など、(正確には覚えていませんが)10くらいの市や町の議会で可決され、意見書は国(総理大臣や厚生労働相など)に送られました。もちろん、宮代町議会でも趣旨を理解していただき、町内に当事者である少年がいると言うこともあって全会一致で可決と言う結果を得ました。
次に年が明けてからすぐ、埼玉県庁内の記者クラブに赴き、記者会見。5紙が取り上げて新聞に載せてもらいました。
しかし、いくつかの市や町では、趣旨が伝わらず、否決。趣旨が伝わらなかった具体的な例は、こういうことです。
「難病」指定の誤解
「難病」と言うと、議員の多くは(国民の多くもでしょうが)、難病に指定され、認定された患者が生涯にわたって国から支援、補助されるのが「難病指定」だと思っていることです。そういう場合もありましょう。そして何万人と対象者が判明し、国が補償などの対策を採ると言うケースが。
しかし、この場合の「難病に指定してもらいたい」と言うのは、<こういう病気があることを知ってもらいたい><原因が分からない><全く知られて無いから、全国にどのくらいこの病気を持っている人がいるかわからない><症例がが集まらないから治療の方法も分からない><まず、その研究をはじめてもらいたい>と言う意味での「難病指定」でした。
お医者さんもそうでした。普通のお医者さんはあまり眼にしたことも、診察したこともないものでした。済生会南栗橋病院の小児科部長のS先生は「医師の国家試験のとき、勉強したことはあったけど、診察したことはない」とおっしゃったほどでした。S先生は、できる限りの応援を申し出てくださいました。
そういう中での「意見書」提出。議員の中には、知ったかぶりで、「難病は何もそればかりじゃーないんだから。国に意見書あげたって100以上も難病に指定してくれと陳情があるんだから、意見書出したってダメ」と、浅い理解から否決されていたのでした。
全国から「もしかして・・私も」
それでも、インターネットで発信しながらの運動は、全国から「もしかして私も、その病気かも知れない」「長いこと悩んでいました」と呼応する人たちがでてきました。3年前に、岐阜から広がったこの「難病指定を求める」運動は少しずつではありますが、広がっていきました。8つの県で支部ができました。
でも、専門医はまだ、日本国中に数人しかいません。
この本でさらに広がる運動に
本が出版されたことで、「もしかしたら私も」の人がたちあがり、症例がいっぱい出てきて、治療方法が研究されるようになったらどんなにいいでしょう。未知の病気は、家族にも本人にも、将来が分かりません。10年後が想像できないのです。
もう成人に達して、社会生活、サラリーマン生活を送る人もいます。そういう人の中には「せっかく第一線で活躍できるようになった今、今まで隠してきた病気をカミングアウトする気はない」と言う人もいます。難病指定が、かえって足を引っ張ることもあるからです。でも、だから他の苦しんでいる人が声を上げ、カミングアウトできない人のためにも研究が開始できるように、国に働きかけなければなりません。
「みらい」社から出ています。1,420円です。もし、よかったら買って読んでください。
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